ネオ・アール・ブリュット

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2010年 01月 18日

アール・ブリュットという語がコレクション名として、コレクションの指針として造語されたということ。

1.再確認になるが、あらためてアール・ブリュットという語がコレクション名として、コレクションの指針として造語されたということ。

 アール・ブリュットとは、1945年にデュビュッフェにより提唱され、1949年には、その定義・指針のもと収集されたコレクションによる展覧会にあわせ出版した小冊子『文化的芸術よりもアール・ブリュットを』において、以下のように説明された。

「芸術の教養に痛めつけられていない連中の作品のことである。彼らにあっては、知識人の場合と違い、真似事がどこにもない。主題、素材の選択、配置の方法、リズム、書法など、すべてを自分自身の奥底から引き出してくるのであって、古典芸術のしきたりや流行芸術のやり方を借りたりはしない。ここに見られるのは、自分自身の衝動からのみはじめて、すべてが再発明された、最も純粋で、生の芸術行為である。つまり、文化的芸術にありがちな猿やカメレオンの機能ではなく、発明という機能から生まれる芸術だ。ジャン・デュビュッフェ」
(※訳文は『アール・ブリュット パッション・アンド・アクション』(小出由紀子・編著/求龍堂・刊)による)

 その後、今日まで、デュビュッフェのコレクションを元に1976年に設立された美術館「アール・ブリュット・コレクション」や1999年に設立された「abcd協会」の活動においても、コレクションの指針やコレクションに属する作品の定義としてアール・ブリュットという語が使われていることに何ら変わりはない。

 つまりこの語は、芸術家自らによって宣言された、あるいは、たとえ芸術家自らによる宣言がなされず先ず同時代の評論家等によって一連の作品に対して名付けられた場合であっても、その後、芸術家自らが活動の指針とし自らのその新しい表現を世に問うための命名としていった「印象派」「ダタイスム」「シュール・レアリスム」「キュビスム」「ポップ・アート」等の芸術運動あるいは潮流の定義とは明らかに異なるのである。


 先ずはこの再確認を踏まえて、次回以降の論考に入っていきたい。
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by selfso_murakami | 2010-01-18 18:25
2010年 01月 17日

ネオ・アール・ブリュットというタイトルでブログを書き始めることにした。

 ネオ・アール・ブリュットというタイトルでブログを書き始めることにした。この造語が何を意味するのか、あるいは何を意図して造語したのか明示して書き始める訳ではない。ただブログを書き進めていく中で、次第にその企図した姿形が次第に明らかになっていくのではないだろうか。
 今後おおむね毎月1日と15日頃に更新を予定。都度テーマ・焦点を絞った短文を書いていくことが、自分自身釈然としないまま過ごしているいくつかの事柄に関して、一本ずつその絡んだ糸を解きほぐすような作業となっていけばと思っている。
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by selfso_murakami | 2010-01-17 13:59 | 初めに
2010年 01月 16日

村上稔

1962年、福島県福島市生まれ。

京都大学文学部 ( 哲学科・美学美術史専攻 ) 卒業。

在学中より身体障害者の介護活動を行う。身体障害者のみによって立ち上げられ自身運営主体である初めての ( そして唯一の ) 劇団態変の裏方も経験。

1994年、大阪でセルフ・ソウ・アートギャラリーを立ち上げ開廊。オープニングは、70歳を過ぎて絵筆をとり一躍おばあちゃん画家として有名になった丸木スマ( 1875 ~ 1956 )展。開廊準備段階で出会った自閉症という障害を持つクレパス画家・永島正人の展覧会を開廊直後よりコンスタントに行ってきた。( 絵本「きらい」の制作、季刊「みづゑ」誌上での絵本作家・荒井良二との競作連載の企画にも参画 )
2001年にいったん閉廊、約5年のブランクを経て、2006年に京都・西陣で再オープン。荒井良二・スズキコージ等、著名絵本作家の個展も多い。

画廊業の一方、個人的に介護活動も続け、全身性障害者介護人派遣事業の仕事、支援費・障害者自立支援法の仕事を経て、2007年に自ら介護事業所・障害福祉サービス自在を設立、画廊業と共に行い今日に至る。
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by selfso_murakami | 2010-01-16 02:26 | プロフィール